涙と汗のゴール 自転車「わが人生」

 

58年の人生を走り続けたロック歌手の忌野清志郎さん。 大の自転車好きとして知られていました。 生前、その魅力についてこう語っています。
「楽しくて、つらくて、かっこいい 底ぬけに明るく 目的地まで 運んでくれるぜ」

今、自転車に夢中になる人々が増えています。 2009年6月14日福井県。2200人が参加して開かれた大会。最長210kmの道のり。自らの限界に挑みます。 なぜ今、あえて厳しい道のりに人々が挑むのか。ゴールを目指す姿を見つめます。

走り続ける「わが人生」

足を止め、漕ぐのを止めたら倒れるのでこぎ続ける。 仕事を続けていて自転車操業という言葉を浮かべることが正直少なくありません。 変化の激しい厳しい社会状況の中で、日々の仕事、日々の生活は気力・体力との闘い。 行き詰って何かに八つ当たりをしても、自分を悔やんでみても問題は解決しない。 もうだめだ、と叫んでみるところをぐっと抑えて踏ん留まる。そんなことの繰り返し。

また、健康不安や介護など、心配事を数え出したら切がないという方々も少なくないと思います。 そうした中で今、ひたすら歩く、ひたすら走る、ひたすらペダルを漕ぐ、或いは、ひたすら泳ぐ。 チーム競技ではなく一人で黙々と体を動かすスポーツに打ち込む人々が増えています。 体を動かし、時には筋肉の悲鳴を感じながら大汗をかく。 『まだ自分は大丈夫』と言い聞かせながら過ごす体との対話の時間。 自転車のペダルに夫々の思いをぶつけて走った人々の姿です。

自転車100キロ 自分と向き合う

愛知県からやって来た 杉浦正仁 さん、60歳です。 35年以上勤めた会社を辞め、今年から年金暮らしです。自分より年下の仲間と一緒に参加しました。 還暦となった今もまだまだ若い者には負けられない。 今回、完走することで、定年後の新たな人生をスタートするきっかけにしたいと考えていました。 完走を目指してスタートです。杉浦さん、仲間の先頭を切って走ります。

杉浦さんが挑戦する150キロのコースです。福井県中央部をスタートし、まず琵琶湖畔に出ます。 そして、日本海沿いを通りゴールを目指します。 130キロ走った後、最後に現れるのが15キロに渡って続く長い上り坂。 完走するために大きな試練となる坂道です。 杉浦さんはこの坂を足を着かずに上り切りたいと胸に秘めていました。

電気工事の会社に勤め、仕事一筋の毎日を送ってきた杉浦さん。 子供達が独立し定年になった後も、まだまだ働きたいと思っています。 この春、再就職先を探しましたが不況のあおりで連戦連敗でした。

杉浦さん
「5連敗の時にちょっとへこんだね。誰も、俺、必要としてねぇんだ。って。行くとこがないというのは辛いね。」

走り出して50キロ。 杉浦さんは、次第に仲間達を引き離し始めました。杉浦さんは、再就職を諦めてはいません。 若い人達に負けない走りをすることで、自分がまだまだ働けることを確認したいと考えていました。

100キロのコースに初めて挑戦する家族が居ました。
息子に声を掛け続けながら走っている母親。山口美樹さん 42歳。 息子の一樹くん 16歳。後ろから見守るのが父親の清則さん(42歳)です。
家族3人で完走したいと参加しました。

一樹くんは、養護学校に通っています。 身の回りのことはほとんど自分でできますが、ペースはゆっくりです。 自分の意思を伝えるのが苦手です。 母親の美樹さんは、一樹くんに社会で自立して生きていく力を養って欲しいと考えています。

「できなくても、やろうとする努力だったりとか。そういうものって大事なんじゃないかな」

美樹さんは今回、一樹くんが完走することで自信をつけて欲しいと願っていました。

走り始めて70キロ。一樹くんは足の痛みを訴え始めました。美樹さんは一樹くんの声を掛けます。再び3人で走り始めました。

スタートから7時間あまり。 再就職を目指す杉浦さんは、最大の難所、最後の坂に差し掛かっていました。 この坂では、多くの参加者が自転車を漕ぎ続けることができず降りてしまいます。 中には、足がつってしまったり、思わず地面にしゃがみこむ人も。

足を着かずにこの坂を上りきると決めていた杉浦さん。突然、10歳も20歳も若い人達を追い越し始めました。

「あのくらいの坂でへばったらアカン。気合じゃ 気合じゃ。一生懸命で上ったらきっと何かいいことあるし」

杉浦さん、目標達成しました。

親子で走ってきた山口さん家族も最後の上り坂へと差し掛かっていました。 3人揃って完走するためにはこの坂を上りきらなきゃなりません。

美樹さん振り返らずに上り続けます。一樹くんを置いて一人懸命にペダルを漕ぎ続ける美樹さん。 美樹さんの後を追い自転車を押す一樹くん。坂を上りきった地点、美樹さんは初めて立ち止まり振り返ります。 一樹くんは自分の力で坂を上り追いついたのです。

山口さん、目標としていた家族3人揃っての完走です。

自分の人生と向き合いながら限界に挑んだ人達。

ロック歌手 忌野清志郎さんの言葉。
「自転車はブルースだ。
楽しくて、つらくて、かこいい。
憂うつで、陽気で、踊り出したくなるようなリズム。
自転車はブルースだ。」

苦しい坂道 自分と向き合う

坂を上りきってゴールした時の達成感は気持ちいいでしょうね

作家 山本一力さん
「最初が150キロ、その後が100キロ。半端な数じゃないんですね。 私も自転車が好きで乗りますけど、まぐれで乗り切れる距離ではないんですよ。 それを最初の方は、最後まで150キロ走った。終わった後の達成感の笑顔がいいのが当たり前でしょうね。」

しかも自分がやり切れたという、この後のいろんな時の自信になるんじゃないかな、と思えるんですけども。

作家 山本一力さん
「胸に迫るといういいましょうか。 耳にまだ残ってますけど、一樹くんが途中でどうしても辛くて鳴き声を出しますね。 あの声を聞いてて、ほんとに何ともいいようがないんですけども、 でも、それをやり切らせたご両親もすごいし、最後は自分でペダル漕いでゴールくぐってますね。 彼は本当に素晴らしい自信を間違いなく得たでしょうね。」

何かと辛いということに直面することが多々あるこの社会の中で、 今は自転車ですけども、或いは走ったり泳いだり。 或る意味で自分と向き合いながらひたすら、自分が一歩踏み出さないと 前に進まない、こういったスポーツに打ち込む人達が増えてきた。 これをどういうふうに山本さんは捉えていらっしゃいますか。

作家 山本一力さん
「そこに難しい講釈加えても、どんどん違ってっちゃうかもしれないけども。 でも、つまりは「好き」なんですよね。 結局、自分がやるわけですから、どうしてもスポーツって人と比べたがりますでしょ。 でも、やってんのは自分一人ですから、好きであれば比べることありませんから、 どこまでやれたかな、っていう、自分が自分を認めてやれるということを 大事にしていったら、どんどんどんどん楽しくなっていくと思いますけどね。 なかなか生きてゆく仕事の上やなんかでも、 自分で自分を認めることって難しいじゃないですか。 『何甘い事言ってるだ』って言われかねない。 でも、相手との相関関係ではなしに、自己完結できて自分で生きていってるわけですから、 あの坂の途中で彼は自転車降りざる負えなかったでしょうけども、 降りたところで終わってませんよね。 その後もう一回上っているという。つまりこれはもう自分でやるわけですから、 それをやり遂げられたという事の方が、降りたということなんか吹っ飛んでしまいますよね。

やり切った後の自分の心の風景、心模様というのは変わりますか。

作家 山本一力さん
「それは、やり続けてることで誰よりも自分が一番安心できるんですよね。 ちょっと違うことになるかもしれないけど。 私もまだ新人賞に応募し続けてた時に落ちてへこむんです。どうしても。 いっぺんでいけばいいものをいかないですから。 そうすると、へこんでいやになっちゃうんです。 でも、いやになった時でも書いてれば、『あっ、俺も今日も書いてる』 ってことで、自信が、、、、自分のなかで安心感が取り戻せるんです。 人と比べようとすると、どうしても辛くなるし競争になるじゃないですか。 でも、自分がやっていることで地べた踏ん張ってれば、 『俺はやってる』という安心感が取れますから、 それは自転車に限らず何のスポーツであれ同じことじゃないでしょうか。やってればいいんです。」

「150キロだ、100キロだと言われますとどうしても怯みますけど、 目標をあんまり高いところに置かずに、自分の手に届くところをそれを上がって行って、 それに自分で踊り場を設けてやって、『ここまで来た』と、『じゃまた次へ行こう』ていうことを 繰り返していければ、そんなにきつい事でもないようにも思いますけどね。」

「やってれば自信が戻りますしね。 人生って、実に自転車 象徴的ですけども、漕いでないと倒れますから何よりも漕げばいいんです。」

 

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