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孤高の人、フィンセント・ファン・ゴッホ作、『古靴』


1886年
フィンセント・ファン・ゴッホ



立ち止まったり、おずおず進んでみたり。
あなたは、これまでどんな道のりを歩んできたのでしょうか。
ところで、人生の新しい一歩を踏み出したとき、あなたはどんな靴を履いていたか覚えていますか。

人によって様々。では、この男の場合は・・・・
オランダ、アムステルダム。
この街に彼の美術館があります(ゴッホ美術館)。
館内には、きっとどこかで一度は見たことのある彼の名作が一堂に会しています。 まるで色彩の洪水。

ゴッホ自画像
 

お目当ての絵は、普段展示はされていません。 そして、その絵は、あなたの思い描く彼の絵とはちょっとちがうかもしれません。
今日の一枚。フィンセント・ファン・ゴッホ作、『古靴』(1886年)。
履きつぶされて潰された、でもいかにも頑丈そうな一足の古靴。 誰かの家の玄関?或いはどこか倉庫や工場の冷たい床の上でしょうか。 ひっそりと、まるで忘れ去られたかのように静かにその靴は置かれています。 泥にまみれたのか、表面には汚れがこびり付き、長年の雨風で皮はよじれ捻じ曲がっています。 無造作に置かれた皮靴。でも、まだ使われているのでしょう。 解けた紐が、いまこの靴を脱ぎ捨てたばかりのように床を這っています。 いったい誰が脱ぎ捨てたのか。
ゴッホの名作の数々とはあまりにも異質な一枚。 でもこの絵を、画家の運命的な一枚だと考えている人もいるのです。
孤高の人、フィンセント・ファン・ゴッホ(1853~1890)。
『古靴』は、ゴッホが本格的に画家を目指そうとパリにやって来たときに描いたものでした。

フィンセント・ファン・ゴッホ作、『古靴』
 

ゴッホは炎のような男でした。

例えば、野に咲く向日葵は、この男には燃え盛る太陽のように映りました。
『15本の向日葵』 (1889年)

 

 

 

街道沿いの糸杉は、鮮やかな緑のうねりとなって点に向かいます。
『糸杉』 (1889年)

 

 

 

漆黒の闇でさえ、ゴッホには色鮮やかな渦となって見えたのです。
『星月夜』 (1889年)

『15本の向日葵』 『糸杉』 『星月夜』
 

そんな男が描いた一枚です。
画面を埋め尽くすのは燃えるような色彩ではありません。
黒・茶・灰色。
ゴッホはこのくすんだ古靴に何を託そうとしていたのか。

フィンセント・ファン・ゴッホ作、『古靴』
 

オランダ南西部、のどかな田園のなかにある小さな田舎町フロート・ズンデルト。 1852年3月30日、この教会の牧師夫妻に男の子が生まれます。 名前はフィンセント・ファン・ゴッホ。 でも彼はその日に亡くなります。
その1年後の同じ日、再び夫妻に男の子が生まれます。 付けられた名前も兄とまったく同じ。

幼い頃から奇行がめだっていたといいます。 誰とも折り合えず、周囲にうまく溶け込めないのです。 学校でも問題を起こしてばかり。 やがて勤め人となるも、もちろん続きません。 人恋しいのに社会に溶け込めない。 行き詰るとどこまでもひとりで歩きました。 時には国境を越えベルギーにまでも。




兄弟


ただひとりだけゴッホを理解し、尊敬してくれる人物、 それが実の弟テオ(テオドール・ファン・ゴッホ)でした。
パリで優秀な画商になっていたテオは、兄に絵の才能を認め、収入のないゴッホの生活の面倒をみていました。

オランダ、ベルギーを放浪し、絵を描き始めたゴッホ。
その頃の作品。『繊工窓のある部屋』(1884年)。
社会の片隅に生きる人びとを暗い色調でただ黙々と描いています。

『繊工窓のある部屋』
 

『馬鈴箸を食べる人々』(1885年)
農夫の一家が囲む食卓には、ジャガイモしかありません。
そのつつましい糧をその手を泥に汚して掴んだ人びと。
ゴッホは言っています、
「この絵が文明化した我々とはまるで違う生き方を考えさせるだろう」
絵がうれることはありませんでした。
描くことで自らの進むべき道を模索していたのかもしれません。

『馬鈴箸を食べる人々』
 

この頃、ゴッホが傾倒していたのは、農民画家ジャン・フランソワ・ミレーです。

『落穂拾い』ミレー作、1857年
ミレーの描く農民の慎ましやかな世界観。
それを描き出すおさえた色彩にゴッホは深く入り込んでいきました。

『落穂拾い』ミレー作
 

でも一途過ぎるというか。
ゴッホは貧しい農民を救おうとキリスト教の伝道師になります。 自らボロ布をまとい、人びとに尽くしますが、その行き過ぎた行動がうとんじられ聖職者すらクビに。 何をやってもうまくいかない。 もはやゴッホが頼れる人物は、パリにいるテオだけでした。 そして、押しかけるようにテオのもとへ旅立ちます。

パリに到着したその日の興奮をゴッホは走り書きのメモに残しています。
「僕は正午からルーブルで待っている。何時に来れるか連絡をくれないか。 (中略)君が思うよりきっとうまくなれるさ。だから早く来てくれ給え。」
ゴッホにとってテオは希望そのもの。

その興奮のなかから描いたのです。この『古靴』を。
テオを頼って、パリに流れ着いて、そして真っ先にこの絵を描いたのです。
画面いっぱいにただ古ぼけた靴だけを写して。
その皮の皺を、その靴紐のほどける様を。
細部にわたって、画家の持てる技術を、くすんだ絵の具にのせてキャンバスいっぱいに塗りこめたのです。
でもなぜ古靴を描いたのか。
それがこの絵の謎なのです。

フィンセント・ファン・ゴッホ作、『古靴』
 

この古靴は誰かを表しているのです。ただし、それが誰なのか、そこが謎なのです。 そして、その謎を巡って20世紀美術界を揺るがす騒動が起きたのです。

論争の主役は二人の男。
20世紀有数の哲学者、マルティン・ハイデッカー。 コロンビア大学教授、メイヤー・シャピロ
ハイデッカーの主張は、この靴は農民の靴。 つまり、「農民を表している」、というものです。
それに真っ向から反論したのはシャピロ。 彼の主張は、あの靴はゴッホの靴。つまり「自画像」だというものです。

いったいどちらの主張が正しいのか。ゴッホはこの靴で誰を表そうとしていたのか。

2つの靴があるから1足。
そうみていたのですが。
よく見直してみると、確かにどこかがおかしいのです。

注目するのは右足のつま先。
本来、外側がカーブしていなければならないものが、 この絵では逆になっています。
つまり、この靴は、左足と左足。
ということは、ゴッホはこの絵で二人の人間を表そうとしたことになります。

フィンセント・ファン・ゴッホ作、『古靴』
 



分身


ゴッホがあの靴を描くきっかけになったと考えられている絵があります。
このジャックマールという画家の『旅行のお土産』は、パリのテオの画廊にあった絵です。 ゴッホはこの絵を必ず目にしたはずです。
描かれているのは履き古された古靴のかずかず。
なかには、寄り添うように立っているのもあります。

ジャックマール作、『旅行のお土産』
 

ゴッホはそれを参考に、あの絵を転がり込んだモンマルトルのテオのアパートで描いたというのです。 なぜなら、『古靴』をX線写真で覗いてみると、 その下から、まさにテオのアパートから見たモンマルトルの風景が浮かび上がるのです。 それを塗りつぶしてまで古靴が描きたくなった。 それは、ある特別な思いから。

ゴッホの才能が開花するのは、あの絵をテオのもとに残し、南仏アルルへと旅立ってからです。 この土地のまばゆい太陽に照らされゴッホの色彩は花開きます。 あの絵とは打って変わったような鮮やかな色彩の世界へ。 でも、その絵は全く売れませんでした。 そんなゴッホを変わらず経済的に援助し続けたのがテオです。

二人の間には700通にも及ぶ手紙のやり取りがあります。 ゴッホの手紙はいつもこう始まります。
「片時も忘れず君の事を考えている」
そして、こう終わるのです。
「心の中で握手を」

才能と成功を信じ、二人で挑んだ芸術の世界。

「今はまだ、君の援助に報いるだけの作品を描けていない。 でも、いつか描けたなら、それは僕と同様、君が生み出したものだ。 何故なら、僕たちは、二人で描いているのだから」

でも、テオの援助に応えようとすればするほど、ゴッホの精神は蝕まれていきました。
入退院を繰り返す日々。
わかってくれるのはテオだけ。
でも、テオはたった一度だけ経済援助の苦しさを口にします。

ゴッホのなかの心の糸が切れました。
そして、1853年、ついに療養先のオーヴェールでピストル自殺をはかり、37歳の生涯を終えました。

終焉の地オーヴェールに、ゴッホは眠っています。
その傍らには、寄り添うようにテオの墓。
テオはあの一言を後悔し続けわずか一年後に後を追うように亡くなるのです。
二人で歩み出した旅の終わり。

ゴッホとテオの墓
 

ゴッホが生まれたフロート・ズンデルトの教会の前に彫刻家ザッキンの作品があります。

『ゴッホ兄弟』ザッキン作、1956年。

 

 

 

前だけを見つめ、寄り添い、手をとり進もうとする兄と弟。

 

 

 

 

 

 

 

 

一歩先に踏み出そうとする二人の足は、やがて一つになっていきます。
あの絵のように。

アムステルダム、ゴッホ美術館。
その絵は今もひっそりと眠っています。
描かれているのはボロボロの古靴。
皮は汚れ、よじれ、今にも破けそうです。
それでも、大地を踏みしめ、すっくと立っているのです。
まるで二人が寄り添うように。

フィンセント・ファン・ゴッホ作、『古靴』。
キャンバスに残された決意。
二人の足跡。

ザッキン作『ゴッホ兄弟』 ザッキン作『ゴッホ兄弟』 ザッキン作『ゴッホ兄弟』 ザッキン作『ゴッホ兄弟』
 

 

14 June 2008
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