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神になった日本人-人はいかにして神になるのか-藤原鎌足




古来大きな恨みを抱いたまま死んだ魂は、祟ると信じられ、復讐のため時として荒々しく人びとに災悪をもたらすとされてきました。 平安時代、雷神となって都の人びとを襲ったという菅原道真。 右大臣まで昇進した道真は、無実の罪で九州に左遷され、失意と悲しみの中、大宰府で亡くなりました。 その後、御所に雷が落ちるなどの異変が相次ぎ、人びとは道真の祟りだと恐れました。 そのため、道真の怨念を沈め、ひいては国を守る神社として北野天満宮は建てられました。 今では学業の神として信仰を集めています。

昔から日本では、実在した人物で神として祭られた人びとが何人もいます。 祟りを恐れ祭られた人、人びとから称えられ祭り上げられた人。 徳川家康は自ら神になることを望みました。(日光東照宮) 中には、無名の庶民が神として祭られた例もあります。(宗呉霊堂) この大きな御堂に祭られているのは、一介の農民だった人物です。(佐倉惣五郎

そもそも彼らは、なぜ神として祭られたのか。彼らはどのような人びとなのでしょうか。

国際日本文化研究センター教授で民俗学者の小松和彦さん。 小松さんは、人を神として祭るという古来から続く風習がどこからきたものなのかを研究してきました。 そこからは、日本人特有の宗教観がみえてくるといいます。


小松和彦さん
「亡くなった後、非常に特別な扱いを信仰施設、宗教施設つくって死者の霊をお祭りする。 それは自分が祭られたいと思っているよりも、むしろ亡くなった人に対する残された人の思いみたいなものが、一番重要だと思います。 ですから、あの人は偉かった、だから自分の代も次の代も記憶し続けてあげようと。 或いは、罪の意識を表現して、相手が怒っていたら、どうか許してください、という謝罪の気持ちにもなりますし。 これは怨霊という言葉で相手の呪いが表現されるのですが。 ですから、日本人の死者に対する考え方とか、広く日本人の神様に対する考え方がみえてくると思いますし、 それを通じて、日本人のこれまで見えなかった精神質、死者に対する信仰心の別の姿が見えてくると思います。」


人はいかにして神になるのか。 その最も古い例が奈良県に残っています。 奈良盆地の南東に、飛鳥の里を見下ろす山、多武峯(とうのみね)があります。 この山に鎮座する談山(たんざん)神社の歴史は、7世紀に遡ります。 ここには、藤原鎌足が祭られています。

藤原鎌足は、日本の古代から近世にかけて政治の中心で権力を振るっていた藤原氏の始祖となった人物です。 645年、鎌足は中大兄皇子と共に当時実権を握っていた蘇我蝦夷、入鹿親子を滅ぼします。 これが古代政治史上の大改革、いわいる大化の改新の出発点となりました。 そして、後に天智天皇となる中大兄皇子の腹心となって、税制の統一など様々な改革を行い古代日本の国づくりに生涯を捧げました。

奈良県、談山(たんざん)神社
 

談山神社は、明治はじめの神仏分離で神社となるまでは、多武峯寺という寺院でした。 山には沢山の堂があったといいます。 この談山神社で最も目を引くのが木造ひわだぶきの十三重の塔。 談山神社を象徴する建物です。


小松和彦さん
「 そもそもの始まりの場所がここなんですね。 ここは、現在は神社ですが、昔は墓があってそのお墓に守る人が仏教的な形で供養してきて明治になるまでは寺でした。 ですから、神仏が、人を神様に祭りつつ仏教で祭るという意味でも非常に興味深い古くからの施設だと考えられますので、 旗揚げに注目する所だと私は思っています。   藤原鎌足が亡くなってその息子が、お坊さんだったのですが、唐から帰ってきて遺骨の一部をここ(十三重の塔)に埋めたと。 ですからこれは、墓石みたいなものです。」

奈良県、談山(たんざん)神社、十三重の塔
 

談山神社は、どのような経緯で造られ、なぜ鎌足を祭るようになったのでしょうか。 その由緒を伝える絵巻があります。「多武峯縁起絵巻」です。

絵巻では鎌足誕生の様子も描かれています。 その時、狐が鎌をくわえてきたことから鎌子と名付けられました。

鎌足が中大兄皇子と初めて出会ったのは、宮中で行われた蹴鞠の会だったといいます。 はずみで脱げてしまった中大兄皇子の靴を鎌足が拾って差し出したのです。 二人は天皇家を蔑ろにして権勢を振るっていた蘇我一族を許しがたく思い、意気投合します。

二人が秘かに蘇我氏打倒の計画を練ったのは、多武峯の山中でした。 これが後に、「談山(かたりやま)」とか、「談の峯(だんのみね)」と呼ばれるようになった山の名の由来です。

そして645年、飛鳥板蓋宮(あすかいたぶきのいみや)で二人は蘇我入鹿を討ち果たし、 古代日本が律令国家へのスタートを切る大化の改新を実行に移したのです。

以来、鎌足は、三代の天皇に仕え、なかでも天智天皇となった中大兄皇子の最も信頼の厚い片腕となって活躍しました。

その鎌足が亡くなったのは669年です。鎌足には二人の息子がいました。 長男、定慧(じょうえ)と、次男、不比等(ふひと)です。 長男、定慧は、若くして出家し鎌足が亡くなった時は唐へ修行に出ていました。

談山神社の成立に定慧は重要な役割を果たしています。 絵巻によれば、鎌足の死去の時、唐に居た定慧は不思議な夢を見ます。 夢の中に父鎌足が現れ「談峯に寺塔を建てよ。私は神になってこの地に天下り子孫を守ろう。」というお告げを聞くのです。 やがて、帰国した定慧は弟の不比等に夢の話を語ります。 そして、摂津の国埋葬されたという鎌足の墓を掘り起こし、遺骨の一部を談峯み運びそこにお告げ通りの十三重の塔を建てたのです。 これが談山神社を象徴する十三重の塔の由来です。

以来、藤原氏に異変がある時は、談峯の山が鳴動して光を発し鎌足の像が破裂したという伝説が伝えられています。


小松和彦さん
「 どうもこの談峯で鳴動が起きると。神像が破裂するとか。 そこに祭っている像が壊れるというのでしょうか。 これはすごく神秘的な形で語られていて、どうもそれが先祖のいわれのある場所の聖地でそういうことが起きているというので、 子孫たちが非常に不吉なことではないか、とか、何か告げているのではないかとか、いろいろ心配するんですね。 神のお告げ、先祖のお告げ、祟りとか、いろんなことが言われます。」


談峯の山が鳴動するのは、鎌足の霊が子孫を守るために異変を知らせてくれている。 つまり鎌足のお告げなのだと言うのです。

一方で長男、定慧が十三重の塔を建てたという定説に異論を唱える研究者がいます。 哲学者、梅原猛は、『塔』という著作の中で、定慧は鎌足を埋葬できなかったと述べています。

梅原説によると、定慧が帰国したのは天智四年の665年、そして、帰国後わずか三ヶ月で亡くなります。 一方、鎌足が亡くなるのは669年。つまり定慧が鎌足を埋葬することは出来なかったはずです。 しかも、定慧は、殺された可能性さえあるというのです。

定慧暗殺の根拠の一つに、その出生にまつわる特別な事情があげられます。


小松和彦さん
「 藤原鎌足の長男は本当の子ではなくて、中大兄皇子がクーデターを起こした後、孝徳天皇を王座につけるわけですけども、 その天皇のお妃を妻にもらった。その時既に天皇の子どもを宿していた。」


鎌足の妻は孝徳天皇の元の妃。 結婚した時には既に孝徳天皇の子をみもごっていました。 定慧は、鎌足の実の子ではなかったのです。 この孝徳天皇の血を引くということが、定慧に過酷な運命を背負わせることになります。


小松和彦さん
「 中大兄皇子は権力をクーデターで征服をした時に孝徳天皇を天皇にします。 しかし最初は仲良くやってたんですけどもだんだん仲が悪くなってきて孝徳天皇を遠ざけ、 その皇子、有馬皇子をも殺す。次々と孝徳天皇の一族・皇子を抹殺していきます。」


小松和彦さん
「 ここは談山神社の裏の御破裂山(ごはれつざん)といわれているところです。 ちょうど山頂にあたるんでしょうか。 これが談山神社の伝承の一つの中にある鎌足の墓とも言われています。 しかし、梅原猛さんの説だとすると、ここに定慧が埋められたのかもしれません。 この御破裂山に、祭られているものが、埋葬されている人が鎌足なのか。 鎌足だったとしたら、それは藤原の祖ですので一族たち、子孫たちがそれを顕彰する、 自分たちの祖として記憶するために、その墓とその回りに菩提寺みたいな形で寺を造ってきた、ということになると思います。 でも、ひょっとしたらこれが梅原猛さんの言われるように定慧だとすると、 これは政史の中には実は描かれていない天皇家と周りの側近たちとの暗い歴史の犠牲者を秘かに祭った。 若くして政争のために命を落とした鎌足の、或いは、孝徳天皇の子どもの怨霊化を防ぐ、 恨みを鎮めるといったようなニュアンスをもった宗教施設、墓、或いは、寺となってきます。 ずいぶん性格がかわると思います。」

「 その辺は、はっきりわかりませんけど、ちょっとしたミステリアスな謎を残した神社である、というふうにも思われます。」

談山神社の裏の御破裂山の神社
 

 
談山神社 紅葉と例大祭

2008年11月17日に開催された例大祭と錦色鮮やかな紅葉のフォト・ギャラリーをご覧ください

     
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11 Aug. 2008
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