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漫画家  西原理恵子「トップランナー」での発言集


2008年11月24日  NHK番組「トップランナー」での発言集
編集:2008.11.24
掲載:2008.11.29



漫画家  西原理恵子(さいばら りえこ、1964年11月1日生)

これまで発表した作品は20以上。 単行本も60冊を超えます。 マンガ雑誌はもちろん、週刊誌や文芸誌、そして全国紙(毎日新聞「毎日かあさん」)まで、幅広いメディアで活躍。 毒っ気たっぷりの漫画で、数多くの読者をとりこにしてきました。 身の回りはもちろん、ネタになるならば地球裏側まで行って取材(「アジアパー伝」)。 底抜けの行動力と鋭い観察眼で体をはったお笑い4コマ漫画を多数執筆(「できるかなクアトロ」)。 かと思えば、叙情的で泣ける世界も西原さんの大きな特徴(「ぼくんち」)。 生きていくことの切なさを素敵な言葉で紡ぎ出しています(「こういう時は笑うんや」)。 他の追随を許さない変幻自在の作風。 漫画家 西原理恵子の創作の秘密に迫ります。

サイバラさん  said

  • 最近お金の回りがよくなってきたからね。たいがいのこと、許せるようになっちゃって。
    貧乏だと全部したになるでしょ。無いのはダメよ。
  • キャラクターの『おかん』。
    最初は私、自分のキャラクターをミニスカートなんぞにしていたんですけど。 やっぱり20歳過ぎあたりから痛くなるじゃないですか。 そのミニスカートの私っていうのが。 そのうちモンペにして修行僧になったりとかして最後にこれにいきついた。 これすごくすわりがよくてしっくりきてる。
    割烹着で。意地悪ばあさんとかばってん荒川(1937~2006)とか。あそこらへんのイメージなんですけど。

Originality

無頼派漫画家の異名をとる西原さん。 体を張ってさまざまな取材を慣行。 その体験を独自の視点でルポ漫画にしてきました。 南はアマゾンから(「鳥頭紀行 ジャングル編」)北はサハリンまで。 世界中を体当たり取材(「できるかなリターンズ」)。 その珍道中を漫画にしたかとおもえば、アポなしで高級レストランに突撃(「恨ミシュラン」)。 歯に衣着せぬ言動が時に物議をかもしながらも大人気に。 桁外れのフットワークと突撃精神で西原さんは数々のルポ漫画をつくり出してきました。

サイバラ流ルポ漫画

サイバラさん  said

  • 38歳でホステスに。
    つらいのよ、指名のないホステスって。 2~3週間勤めたのかな。とにかく指名してもらえるまでって。 ちゃんとね、『二の腕マニア』っていて。 二の腕マニアのおじいちゃまが、僕は太ったおんなの方がいいな、って言って指名くれるです。
  • もう60歳ぐらいのホステスさん居るんですよ。 じょうずなんです。 私は笑わせるホステスだったんで。 でも、本当にいいホステスさんって、お客さんにどんどんじゃべってもらって、 お客さんが、今日しゃべり過ぎちゃった、飲み過ぎちゃった、って帰したりするのがいちばんいいホステスさんで。 やっぱり60歳ぐらいの方っていうのは、ただこうやってちゃんとお話聞いてるだけで。 そして全部前の事とかも覚えているし。 ほんとに感じのいい女性でした。
  • ミャンマーに出家。
    あまりにも自分の煩悩の激しさにいやになって。 出産後の体のむくみもとりたいっていって。 おまえ修行はダイエットじゃない、って言われたの。 間違えたりことばかりして全然だめだった。 毎日毎日、修行は楽しかったんですけど。 全然だめでしたね。最後に嫉みや恨みがとれません、って言ったら、そのままで結構です、って高僧に言われて。 じゃあ頭剃ることもなかったじゃん、って。
  • 頭剃るのがいやだ、って言う方が私にとっては格好悪い。 お客さん見てくださってるんで。 あれですよ。 お客さんは小学校から漫画をずっと読んでる方たちだから。30歳40歳というと40年 読んでる方たちですよね。 漫画読みのプロなんですよ。 漫画読みのプロたちに、なめたまねしたらすぐばれちゃいますよ。
現場にこだわる理由

サイバラさん  said

  • 全然自分に自信がないんで、話を机の上で考えったってまったく浮かばないです。 きちんと先行取材しないと何にも浮かばないです。 外国行ったりして、例えば、70年苦労してきた人、人間じゃない扱いを受けてきた人が言った最後の一言というのは、ほんとにダイヤモンドですから。 その一言でその人の後ろが見えてくるような。 そういうすごい綺麗な言葉があっちこっち埋まってるんですよ。 それをあっちこっちに探しにいってるような感じですね。 だから行かないとこ行かないとこっていうことになっちゃいますよね。 でも、行かない地球の裏側って、男の人の行動だと、ほんとに悲惨な状況しか伝えないでしょ。 血まみれの赤ん坊とか。
  • 取材姿勢として憧れるのは、セバスチャン・サルガド(1944~。世界的な報道写真家。アフリカ難民やブラジル鉱山の肉体労働者などを取材)なんです。 サルガドの寄り方と生き方、見方ていうのはほんとに憧れるけれど、 悲惨すぎるんです。真面目すぎるんです。 あれじゃ、お客さん、チャンネル変えちゃう。 やっぱり、面白いか役に立つかでないと人って興味向けてくれないじゃないですか。
  • そこで泣いてるおかあさんも、実は、ほんとにまぬけだったりとか、おとうさんはだらしなくても、浮気してても、実は家族が大好きだったりとか。 そういうとこ見るとまた家族がすごく身近になってくるし。 だからヨネスケさん的な。
憧れのヨネスケさん

サイバラさん  said

  • 私はすごくヨネスケさんに憧れてて。 ヨネスケさんは家の中を温かく見てますよ。 どこの家の奥さんも、ほんとにりっぱにちゃんとやってるんですよ。 お料理作ってるんですよ、って。 みなさんえらいんですから。 主婦は大変なんですよ、ってヨネスケさん言ってくれて、私うれしかったもん。
  • だから、サルガドの写真の中にヨネスケさん入れたらすごく楽しいものになると思うんですよ。 奥さん!今日なに?って。 私はサルガドとヨネスケさんの間に人間になりたい、というのが目標ですね。 何かあるまで一番前に居るっていう姿勢ですね。

Technique

熱狂的なファンを多くもつ西原さん。 この日、横浜で行われた講演会(「サイバラ流 人生の歩き方」)にも全国から多くのファが駆けつけました。 講演は2時間ですが、なんとその後、3時間もかけてサイン会。 丁寧にイラストまで入れて一人づつ描いていきます。

サイバラさん  said

  • これはラフ兼下書き。 普通の方はラフでOKを通してから下書きをキチンと描いて、それからペン入れするんですけど、 私はラフと下書きが一緒です。一回の手間が省かれますこれで。

 

さらにはセリフも手書き。これは、写植の手間を省き、締め切りぎりぎりまで粘るため。

いよいよ原稿にペンを入れます。 西原さんは、プロの漫画家がよく使っているGペンは使いません。 サインペン、筆ペン、万年筆など、お手軽な道具で描いてしまいます。

西原さん、突如修正液を取り出し、セリフを変えてしまいました。 編集者のチェックを受けた後でもテンポやニュアンスが違うと思えば独断で変えてしまうこともしばしば。 最後に色を塗って仕上げ。これはアシスタントの仕事。

サイバラさん  said

  • もう23年この商売やってますんで。
  • あの、きらいな人はぜったい描かないです。 好きな人しかぜったい描かないです。 好きな人をけなしてして描くのは得意なんですけど、嫌いな人を嫌いなまま描いてしまうから、それは、読んでる人もすごく気持ち悪くなりますよね。 憎んでる人の悪口を見せられたらね。 だから、おすし屋さんといっしょで、悪いネタは仕入れない。そういうかたちですね。

Truth

体当たりルポと並ぶ西原さん作品のもう一つの魅力。 それは、読者の心に突き刺さる叙情的な世界。(「パーマネント野ばら」) その代表作が、「ぼくんち」。 1997年、文芸春秋漫画賞を受賞。映画化もされました。 舞台は、とある寂れた港町。 貧乏ながらもたくましく生きる3人の兄弟が主人公です。 過酷な環境の中で、互いを支えながら成長していく子供たち。 その喜怒哀楽を西原さんは淡々と、しかし、優しく描き出しています。

サイバラさん  said

  • 私にとっては日常なんですけどね。 ただ、頭の中がおばさんなんで、そんなことなかったじゃん、ってぜんぜん違う覚え方してますね。 やっぱり、周りの人に。それはお前言ってないぞ。っていう。いや、そう聞いたし。 かなり違った覚え方してるのかもしれないですけど、私が今までいろんな見たり聞いたりしたことを、 じゃ、こういう話にしてみよう、こういう話にしてみよう、というかたちですね。
  • ずっと私は自分の嫌だったり辛かったりしたことを覚えてるタチで。 20年でも30年でも覚えてるんですよ。 そのことをちょっとづつ思い出しながらっていう。 この状況で、そういう言葉を言ってあげたら、小さい頃の私は嬉しかったにちがいない、とか。 あの時泣きながら歩いていった隣のお姉ちゃん、あの時こう言ってあげたらよかったのに、とか。 隣の女の子が、あんな怒られ方してたげど、父親に。あんなことすることなかったじゃない。 ってね。じゃあ、どうしてそんなことになっちゃったんだろう。そこから話は始まりますよね。 だって誰もほんとは悪くないんだもん。 なんかね、金ないだけで、なんで みんな メチャクチャに なっちゃうんかしら。 と思ってね。
人の両面を見る

サイバラさん  said

  • 全部感覚です。 なんとなくこんな感じのちょっと弱い子がある。 そんで、こっちはちょっと意地の悪い子。 そんで、意地の悪い子って思った時に、なんでこの子はそんなふうに意地悪か、だったら。 こんな悲しい事件がずっとあったからだ、とか。 で、この子のいちばんいいところとずるいところはどこだろう。
  • だいたいその子になってみて考えると。 きれいな球体ができますよね。球体がね。 だって、すごい優しい人って、ぜったいすごく意地悪なとこあるし。 嫌なところがないといいところが出てこないから。 だから、いい人っていたら、ほんとはこの人、嫌な人なんだろうな、ってずーと見てるんです。 球体として把握して、その人になりきるっていうか。
  • あの時、ちょっと誰かが抱きしめてあげたら、その人の人生は変わったんじゃあいかな、 って思う人、小さいときから何人も見てるんで。 悲しいかな、そういうチャンスがなかった子っていうのは、ほんとに見てきましたね。
  • やっぱりね、黒潮文化は笑わないと損で。 とにかく、出会い頭に大きなウソをついて、笑って、あとはずーとお酒飲んでるんですけどね。
  • 途上国にもいっぱい行くんですよ。 ほんとに悲惨な環境ですいけど、みんなよく笑ってますよ。 なんな泣いてるヒマないの。 自分の我が子が死んでも、ちゃんとごはん炊いてるの、横で。 葬式しながらね。 メソメソ泣いたりね、人のこと嫌って文句言ったりしてんのはヒマな証拠なんです。 人は忙しい方がいいと思ってね。

History

西原理恵子さんは、1964年11月1日、高知県高知市で生まれました。
子供の頃から絵を描くことが唯一の楽しみ。 高校は3年で中退。(「女の子ものがたり」) 大学検定試験に合格し美大を目指します。 浪人の後、武蔵野美術大学に合格した西原さん。 しかし、美大に入ってからも周囲のレベルの高さに大きなショックを受けることになります。

サイバラさん  said

  • 美大に入って自分の立ち位置わかったんですよ。 たぶんこの学校の最低ランクにいる、って。 この人たちに勝負するしたって4年後ぜったい勝負にならない、就職でもなんでも。 今から自分でメシ食える場所みつけとかないと、大変なことになる。 そういう冷静な目があったのは、自分でラッキーと思ってますね。
  • だから、自分が使ってくれるところはどこかっていったら、もうエロ本しかない。 エロ本のカットです。 その時はエロ本の全盛期で、エロさえ載せとけば、間は面白いことやっていい、っていう時代だったんで。
  • 絵を描きながら、こっちではお金払って絵 見てもらって、こっちでは絵描いて お金もらえるわけじゃないですか。 どっち 力 入ったというと、こっち 力 入りますよえ。 ほとんど学校行かなくなっちゃって。
エロ本編集部 常駐

サイバラさん  said

  • 勝手に編集部に行って座ってるんですよ。 で、校了の時になると、必ずカットが余っちゃうことがあるんですよ。 みんな疲れてヘロヘロになっちゃってて。写真がないとか。 サイバラさん、何か描いといて。 あーい、ってこう描いて。 また。 何かカットありませんか。カットありませんか。 って言うと。
  • そん時でも、カット1枚2000円とかもらえたから。 10枚描けば2万円ですよね。 もーう、うれしかったですよね。 ずーっとそうやってやってました。
  • で、大学の3年ぐらいの時に、そのエロ本を見た小学館の人が、うちで描いてみないか、って。 それでデビューしてからは、ほんとにありがたいことにトントン拍子ですね。

 

1988年、大学3年の時に、「ちくろ幼稚園」で漫画家としてデビューした西原さん。 またたく間に多くの雑誌で連載を持ち、ヒット作を連発していきました。

悲観論者 サイバラ

サイバラさん  said

  • ぜんぜん足りない。 おかわり。 だって、ぜんぜん安心してないし。 まだ私、仕事なくなったらどうしよう、っと思ってる。 ないのはすごい怖いですね。 仕事はある限りやり続けますけれど。
  • 月収30万というのが目標だったんですよ。 30万超えちゃったら、300万でも、3千万でも、わかんなくなっちゃって。 何をもらっても足りないって。条件反射で出るようになっちゃった。おこわり、って。
  • これは持って生まれた性分だからしょうがないと思ってるから。 楽観したことがない。 明日はなんとかなるさ、って。 なんとかならないよ人生よ。 七転び八転びだよ、って。 きっとねー、エイリアンみたいのが来るんですよ。あした。

 

1996年、戦場ジャーナリスト鴨志田穣さんと結婚。 2人の子供に恵まれた西原さん。 6年後の2002年、新聞紙上に新たな連載を開始します。 それが漫画「毎日かあさん」。 主人公は、西原さん、夫、息子、娘の4人。 奔放な子供たちと無邪気な夫が繰り広げるハチャメチャ家庭漫画です。 夫や子供たちの突拍子も無い行動と西原さんが奮闘する様子が笑いと愛情たっぷりに描かれています。 その本音の子育てが日本中のおかあさんの共感を呼び、単行本は100万部の大ヒットになりました。

育児漫画じゃなく家庭漫画

サイバラさん  said

  • 育児ものには拒否があったんですよ。 無条件でカワイイ私の天使ちゃん、というのがどうも私にはしっくりこないんですね。 友達ん家行って、子供のビデオ見せられるの辛いでしょ。 どこ誉めようかなー、って。辛いなー、って。 だから、赤ちゃんを描くっていうのがぜんぜんできなかったんですよ。 赤ちゃんって、突っ込んでもぐにゃぐにゃしてそのまんまだから。 リアクションしてくれないし。
  • でも、子供が大きくなってしゃべるようになった時に、実に面白いことをしゃべってくれるんですね。 娘も息子も、人として面白いんですよ。 こういう突っ込みがきたのか、こう返してくるのか、こんな反応するんだ、って。 俄然、取材本能が目が覚めて。こら描きたいわ。
  • そうこう見てるうちに、息子とか娘とかの回りの友達がバカばっかりで。 男の子、特にすごいからね。 で、それを描いたら、男の子はバカでいいんですよ。 私の子だけがバカだと思ってたんです。 って日本中のお母さんの手紙が来て。 そうですね、って。お互いの息子のバカ自慢が始まっちゃって。

 

子供たちの成長と並んでこの作品のテーマとなっているのが、夫、鴨志田さんのアルコール依存症です。 結婚後、症状が急激に悪化し、家庭はめちゃくちゃに。 入退院を繰り返す夫との離婚をついに西原さんは決意します。(2003年離婚) しかし、離婚した3年後、夫はアルコール依存症を克服。 西原さんの元に帰って来ます。 家族4人の生活がまた始まりました。

サイバラさん  said

  • もうねー、彼の依存には随分悩まされたんですけどね。 やっぱりその当時は難破船に乗ってるような状況で。 依存の家の家族というのは、依存の患者さんと同じぐらい疲れて、もって疲れて。世話する方だから。 こっちは、ただ暴れてじゃいいんですけど。こっちは、全部フォローして世話しなちゃいけないんですよ。
  • 後で勉強して分かったことなんですけど、「そこつきときづき」という言葉が専門用語にあって。 もう底を突かせるんですよ。これ以上最低の俺はない、って。そん時はじめて、あっ止めなきゃ。 本人が止めなきゃ止められないですもの。意志がなくて止められるってわけないでしょ。 これは現象としてサイエンスで見なきゃいけないことなんですね。
  • それなのに家族は、怠け者だ怠け者だ、って説教するんです。 本人は止めたいにきまってるんです。でも体がいうこときかない、心がいうこときかないだけなんですね。 彼が、止めたいけれど止めたいけれど止められないけでど止めたい、っていって。 抗酒剤(こうしゅざい) を飲んでは、お酒を飲んで倒れるってことをずっと繰り返して。 2年後にやっとお酒から戻ってこれたんですね。
昔の彼が帰ってきた

サイバラさん  said

  • 生還率2割、3割って、それぐらいの数字が出てるんですよ。 それぐらいきつい病気だったのを、自分の意志で帰ってきたんで、彼は。 やっぱり意志の強い男だったな、と誉めてあげたいですね。
  • 私は怖かったです。まだ。ほんとは信じてなかったし、また暴れられるんじゃないかって。 怖かったんで、2日ぐらいずーっと下を向いて。ちゃんとしゃべれないような状況ですね。
  • で、忘れてたんです。本当の彼を。 アルコール中毒の時の、依存症の時の、あの暴れてる卑怯なことしかしない彼しか覚えてないで。 そんな人間がまた帰っきたって思ってるんです。 でもそうじゃなくて。病気になる前の、働き者で元気で明るい彼が居るんですよ、そこに。 それでやっと思い出すことができたんです。 あーそうだ、この人いい人だったんだよ、働き者で子供思いで家族が大好きで。そうだそ うだそうだ。病気だったんだ。

 

久しぶりの平穏な日々。 しかしその時、鴨志田さんは腎臓ガンで余命半年の宣告を受けていました。 残された時間を家族と過ごし、亡くなった鴨志田さん。 彼は最後に家族に詩を残していきました。(「戦場カメラマンの唄」)

夫が残した言葉

サイバラさん  said

  • あれは、はじめて彼を誉めたいと思いましたね。 よく見て、よく聞いて、それをよく表現したね、って。 思ったら、私、彼のこと一度も誉めたことなかったわ、って。けなしてばかりいたんで。
  • 最初に持ってきた詩を、はずかしそうに見せたら、愛とか涙とか希望とか書いてあって。 死ねー、こら、こんな陳腐なもん書きやがって、って。 何をやってきたんだ。それをこのような私に見せるとは何事だ、って怒ったら、それから2度と私に詩をもってこなくって。 で、ずーっと、コソコソコソコソつくってて。 そして最後に彼が死んだ後にこれが出てきて。 悪りーことしちゃったなと思ったんだけど。
  • ずーっと私に隠してただんですよ。 これはCDの中に入ってないです。自分でクチャクチャって捨ててたと思うんです。
  • それでも「戦場カメラマンの唄」は私も気に入ってて。 彼はロックンローラーだったんだな。それじゃ家の中も大変だったわー、って思って。

 

Questions

子育てで一番大事にしていることは?

サイバラさん  said

  • クルマに引かれなければそれだけでいい。 私、はじめてのお使い行かさないもん。 あぶないから。いやだから。
  • 私、みんなに、よくそんなに笑ってられますね、っていわれるんだけど。 家の中でアルコール依存症の人間が大暴れしている時に子育てしてたから、 そんな子供のおいたぐらいで腹立たないですよ。もう。 底が割れちゃってるから。だから、みっともない家の方がいいと思いますよ。 子供はきたないのが当たり前だし。家の中もグチャグチャだし。三食ちゃんと上げられなくて。 もうほんとに、朝、ラーメンでもいいじゃないですか。
  • それより、親が、汚した、って怒ってることが子供は辛いから。 私、子供の時一番いやだったのは、親のけんかですもん。
  • お母さん、いつもニコニコ笑っててんやもん、でしょうか。
いままでで、取材も含めて一番心に残ってる言葉は?

サイバラさん  said

  • タイ人って、すごく子供可愛がるですけど、 物乞いの子供たちが来ると、そこのおばちゃんが泣いて怒りながら、親連れて来い親連れて来い、っていう言葉があって。 そのおばちゃんがどんな気持ちでそう言ってるのかって。
  • アルミのボッコボコのお鍋持ってるんですよ。 これで全員の子供育てた、って。 これでオムツも洗ったし、ラーメンも茹でたし。それで全部の子供を学校に入れたんだよ。1人は英語しゃべれるんだから。
  • そのおばちゃんが、物乞いの子供が行った時に。 親がやらしてるわけですよね。 親連れて来なよ、って怒ってるあのおばちゃんの、怒り方がすごく好きだった、と覚えてますね。
  • WFP(World Food Programme、国連世界食糧計画)
    世界の給食を調べるとこで。 世界中の途上国の子供たちは1日1食も食べれないんですね。 それで、貧しい労働力として親の家を手伝って、そのまま何も知らないまま次の世代に負の遺産を引き継ぐんです。 でも、食事を1日1回給食を与えてあげれば、その子はやっと落ち着いて、それで、やっと勉強ができるんです。 字を覚えるんです。
  • 私ね。字さえ覚えておけばどーにかなるんじゃないかと思うんですよ。 字を覚えるために、いかに1食の食事が大事かっていうことを取材で見てまわったんので。 だから、年いったらそういうことで世界周りたいと思うんですね。 自分のお笑いがそういう面で役に立つんじゃないかっていつも考えてるんですよ。

 

Now

西原理恵子さんの新境地として大きな話題を呼んだのが、「いけちゃんとぼく」。 西原さん初の絵本です。 1人の男の子のなぞの生物いけちゃん細やかなエピソードが綴られた成長物語。 大人も泣ける絵本として評判になりました。

「いけちゃんとぼく」は映画にもなり、来年公開の予定です。 この作品に寄せる西原さんの思いとは。

サイバラさん  said

  • 「いけちゃん」はね、もともとは息子が描いたキャラだったんですよ。 いけいけどんどん。あれから来てます。 お化けと魚が合わさった絵って。息子が。 これなーに、いけちゃん。
  • そっから始まったんですけど。 自分でもこんなにきれいにまとまるとは思わなかったんですけど。
息子はどこから来た?

サイバラさん  said

  • 息子が生まれてから、この子どっから来たんだろう、って。思いますよね。 なんとなく、ソラマメがあって、マルグリッドの絵のような、 ソラマメが空から降りてきたら中に子供が入っていたみたいなイメージがあったんです。 輪廻っていいますかね。
  • どっからこの命は来たのか。 やっぱり、仏教王国の人間なんで考えちゃうわけですよ。 それを考えてるうちに、その男の子の仕草が、今まで自分が付き合ってきた人たちの話していたこととすごく似てるんです。
  • あっ、男の子ってこうやってグルグルグルグル廻ってるんだな、って思って。 今までの彼氏だったり、仲のいい男性だったりした人が、ずっと何年も一緒に遊んでいると、ポロっとすごく弱いこということってあるでしょ。 この人のこんなことあったんだ。こんな小さい時のこと覚えてて、こんなに傷ついてんだ。
  • 情けない傷つき方だったり、りっぱな傷つき方だったり、っていうものがいっぱいあって。 だからこんなに素敵な人になったんだね。大人になって、っていうことがたくさん自分の貯金の中に入ってたんです。 恋愛物っていうのは今まで一回も描いたことないので、寝かしといたままだったんです。 それ全部。
  • いけちゃんが出た時に、息子がいけちゃんを描いた時に、全部それが出きたんで。 ストーリーに詰まることってなかったんですね。
人それぞれの「いけちゃん」

サイバラさん  said

  • 女性の方はみんな、私いけちゃんなりたかった、っていうし。 男の人はみんな、僕もいけちゃんが欲しかった、っていうんで。 やっぱりみんな男女で分けて読んでくださってるんだな、って思ってね。
  • はじめて描いた絵本だったんで、ましてやそれが映画になるっていうのは本当に嬉しいです。 漫画家冥利につきるっていうのかな。

 

Posted 29 Nov. 2008
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