♪ WARATTE SPECIAL ♪

TOMORROW 地球の奇跡、日本の農のめぐみ The miracle of the earth - agriculture in Japan いのちは支えあう 第3次生物多様性国家戦略 BIODIVERSITY

♪ WARATTE PHOTO REPORT ♪


♪ MAIL ♪

Your voice is welcome メールを送信する メッセージフォームをつかう



プロ魂 王監督のメッセージ


編集:2008.11.29
掲載:2008.12.08



シーズン開幕

2008年3月20日、福岡。シーズン開幕の朝です。

王監督  said

  • 今、3月ですけど、9月の中旬までわからないんだという、そういうシーズンになると思うんですよ。 少々悪くても自分たちの戦いはこういう戦いなんだと思いながら、落ち込むことなく、おごることなく。 今年はそういう年になると思いますね。 まあ山あり谷ありで…。今年はあんまり一喜一憂しないでいかないと。長丁場だから。

 

プロに入って50年目のシーズン、開幕戦です。 現役時代を含め15回目の優勝を目指し、王監督のペナントレースが始まりました。 試合は、開幕投手の杉内が打たれ、苦しい展開です。 2点リードされて迎えた9回裏。ノーアウト2塁3塁のチャンスです。 打席には柴原。逆転のスリーランホームランが飛び出しました。 新人時代から王監督が育ててきたベテランの一発で開幕戦を飾りました。

(開幕戦で) 最高のスタートを切りましたがチームは大きな課題をかかえていました。 松中、小久保、柴原ら、黄金時代を支えたメンバー。彼らに続く若手の育成が急務でした。

王監督は今年が最後のつもりで今シーズンに臨んでいました。 自分の持てる力すべてを使い、常勝チームの礎を築きたいと考えていました。

王監督  said

  • はっきり言って、今年は手術したりなんかして、命には限りあるというものを感じましたよね。 今までは自分だけは長生きできると、人はどうでも自分は永遠だ、みたいな思いがありましたけど、 (手術など) そういう風なこと体験して (命には) 限りがあるんだということは感じています。 と同時に、選手たちにどんどん伝えておかなければならないことを今、伝えておかないと、という思いはあります。 やっぱりもっとわかってもらいたいとか、ストレートに伝えたいという思いが今までよりある。

 

王監督が期待する一人。2年目の高谷裕亮(たかやひろあき)選手です。 肩が強く正捕手の有力な候補です。キャッチャーは強化のポイントのひとつ。 城島がチームを去ってから、不動のキャッチャーがいません。去年の盗塁阻止率は1割台でした。 王監督は高谷に物足りなさを感じていました。いい素質を持ちながら貪欲さが足りないと思っていたのです。 王監督は高谷に言葉をかけました。

 

結果は自分でつかめ

高谷はスローイングの特訓を重ねました。

王監督  said

  • やらない人には絶対結果は出ないけど、やった人にはいい結果が出るチャンスがあるということですよね。
  • くやしい。嬉しいはいいですけど、悔しいとか怒るとかいうところを見せないと、勝利の女神に伝わらないって僕はいうんですよ。
  • 「あいつ怒ってる。よし、じゃあちょっと微笑んでやろうか」って、神様をこっちに向けるのは自分自身なんだって。 なんとなく淡々とやるんじゃなくて、一生懸命やってる奴の味方をするんですよ、勝利の女神は。

 

高谷の盗塁阻止率は3割4分4厘。飛躍的な成長を見せました。 そして、シーズン中盤から正捕手の座をつかみました。

高谷選手  said

  • ほんとうに野球を続けている以上、(「結果は自分でつかめ」という言葉は)絶対に忘れてはいけないとは思います。 そういう言葉は、あれだけ経験されてきた方だったからこその思いだと思います。

 

選手への言葉の数々は自らを厳しく律した信念そのものです。

 

昭和34年

プロの門をたたいたのは昭和34年。期待の新人としてデビューしました。 しかし、打てませんでした。「王、王、、三振王」とヤジが飛ぶこともありました。 3年目までは成績を残せず悩み続けました。 4年目、一本足打法への挑戦を決断します。 打撃コーチの荒川博さんと毎日この新しい打法に取り組みました。 自分が納得いくまでバットを振り続けた王選手。明け方まで練習が続くこともしばしばでした。

自分に妥協を許さない練習。王選手は一本足打法を自分のものにしていきました。

荒川博さん  said

  • 一本足打法っていうのは王貞治の意志の強さでできたと思うね。

 

結果が出るまで頑張るのがプロの務め。王選手が自らつかんだ信念です。

王監督  said

  • プロというのはとことんやらなきゃならないんだと、徹底しなきゃいけないんだということですね。 もう一つはどう取り組んだということより結果で判断されるということですね。この2つのことですね。
  • だから選手たちには徹底して強化しろ、そして自分が前進しろと。 僕は野心だとか野望だとかいう言葉を使って選手達に話をしましたけど、それぐらいの思いがないと。 (自分と) 同じ位のレベルの人が何かを得ようと一生懸命やってるわけですから、普通の人と同じことをやっていたら、そこまで到達できないんですよ。

 

かつてないホームランバッターの誕生。その秘密は磨き抜かれた技術だけではありませんでした。 巨人の外野手として活躍していた國松彰さんは王選手の打席での希薄、精神力を間近で見ていました。

國松彰さん  said

  • 手が離れるまでものすごく(ボールを)見ているっていうんですよね。 凝視してる、僕は(ボールを)凝視してる、って彼は言うんですよね。 それ以上に、投げるボールの真ん中の芯まで一生懸命見ようと。 ボールの芯まで見ようという心境に達するんでしょうね。これは名人の域ですよ。

 

もうひとり、巨人でコーチをしていた町田行彦さん。 町田さんは天才と謳われた王選手の地道な一面を知っています。 これは王選手のノートを町田さんが書き写したものです。 日々の練習や試合でつかんだことを王選手は丁寧にメモしていました。町田さんがその存在を知ったのはほんの偶然からでした。

町田行彦さん  said

  • 多摩川だったと思うんですけれど、スタッフミーティングがあったんですよ。 そこへ長嶋選手と王選手が特別に参加してミーティングが始まったんですが、たまたま王の席が僕の横だったんですよ。 そのときに王がノートを持ってきた。そしたらこんな厚いノートなんですよ。 何が書いてあったのかと思って、ちょっと見せてよって見たら、まあもうびっくりしましたね。

 

一度つかんだ極意は二度と忘れない。王選手のメモからはそんな思いが伝わってきます。
「バットは傘を持つごとく楽に持つ」
「ボールを捕らえるミートの瞬間にバットの速さを最高に」

町田さんを一番驚かせたのは、打席で集中するための心構えでした。 「気」という文字がノートの端々に書かれていました。
「良いことも悪いことも過去のことは忘れて立つこと」
「こちらが待ち構えているところに投げ込んでくるのだから打てない訳がない」
「ボックスにおいては、自分は世界一だと思う」
たぐいまれな集中力を産みだしたことばの数々です。

 

昭和46年の日本シリーズ

一球に賭ける王選手の凄みは今も語り草です。 阪急のエース、山田久志投手は巨人の打線を8回までわずか2安打に抑えていました。 この日、特に冴えていたのは伸びのあるストレート。

山田久志さん  said

  • 最高の調子じゃなかったですかね。 一番いい内容で投げていたと記憶してますね。その時のストレートも、自分で投げていても絶対的な自信がありましたね。

 

1点を追う9回裏。ランナーを二人置いて打席には王選手。 ここまで王選手はノーヒットでしたが、この打席、山田投手は(王選手に)圧倒されたといいます。

山田久志さん  said

  • それはやっぱり、こわいですよ。ええ。 どういうんですかね、王さんの目と肩の付近のあれ(気迫)がこっちにガーッと迫ってきて威圧されるっていうか…。

 

王選手が狙っていたのは決め球のストレートでした。 3球目。ストレートがきました。 逆転のさよならホームラン。
王選手の集中力が試合をひっくり返しました。

山田久志さん  said

  • 一番ホームランを打たれないボールを投げようとするんですよ、ピッチャーとキャッチャーと共同作業でね。 ボールを打たそうとか、何とかタイミングを崩して王さんを抑えようとするんですよ。 そういう中でですよ、ピッチャーが投げたストライクのボールを一発で仕留めるんですよ。 これは集中力なくしては絶対にできないですよ。

 

こうした経験が一つの信念へと結実しました。

 

この一球は二度とない

王選手のその言葉で今年きっかけをつかんだ選手がいます。 3年目の松田宣浩(のぶひろ)選手です。去年はホームラン7本に終わりましたが、王監督は将来の主軸と期待しています。

松田には欠点がありました。チャンスであっけなく凡退してしまうことが多かったのです。 一球への集中力が不足していました。

松田は二度とない一球を逃さないための模索を続けていました。試合後、(録画で)自分の全打席を見直しているのです。 何が凡退の原因だったのか、ストップモーションをかけながら、一球一球確認していきます。

第4打席、松田が注目したのは三振に終わった6球目ではなく、3球目でした。 外角高めの甘い変化球。力が入り、打ち損じてしまいました。この打席の1球目は内角の厳しい球、2球目はボール。 そして3球目、打ち損じ。4球目ボール。5球目は逃げていく変化球。最後は三振。結局甘い球は3球目だけでした。

松田宣浩選手  said

  • ベンチに帰って、やっぱりあの球だったなと、後悔しますね。 キターっ!って思いましたが…もったいないという感じですね。

 

王監督  said

  • 人間だからミスしますよね、でも、基本的にプロっていうのはミスしちゃいけないんですよ。 そう思って取り組んでいかなきゃならない。人間だからミスするもんだよと思いながらやる人は絶対ミスするんですよ。 それも多いんですよ。だから、俺は人間だなんて思っちゃいけないんですよ、プロは。
  • 100回やったら100回、1000回やったら1000回ちゃんとできる、と強い気持ちで臨んで初めてプロなわけです。 「しょうがないしょうがない、ミスしてもしょうがない」 というのは周りの人がいうことで、自分がそう言っちゃダメなんですよね。
  • 自分は絶対にミスしない、と。ミスしたら自分の頭を自分の手でひっぱたくくらいの気持ちを持って取り組んでないと、いわゆるプロとしての仕事はできにくいでしょうね。

 

松田は練習のときから一球を大切にするようになりました。

松田宣浩選手  said

  • 集中して、甘い球は積極的に行く、ってやっているんで。一球しかない、というつもりで常に打席に立っています。

 

この一球は二度とない。松田は手ごたえを掴みました。

今シーズン、松田は去年を大幅に上回る17本のホームランを打ちました。
9月29日、今年21勝をあげた岩隈。 パ・リーグではホームランを一本も打たれていなかった岩隈からの一撃。甘い球を見逃しませんでした。

王監督とコーチとの食事会。
ざっくばらんな意見交換を好む王監督。この日は松田の成長が話題になりました。

王監督  said

  • えーっ、というようなバッティングもするけれど、すごいホームランも打つもんな。 やっぱりうちの若手じゃ一番ホームラン打つし。 彼のは、ほんと、打った感覚より飛ぶよな。 切れ味がないと、はっきり言って女にももてないよ。 ほんとにこれは、通常そう思わなきゃダメ。インパクトだから。女性のインパクトがない男はもてないと思うんだよね。
  • まあ、積極的な失敗が多いけどね。 俺たちも最初はそうだったんだよ、みんな。 今の俺たちのキャリアから見れば物足りなくなっちゃうけどね。でも、言ってやらなきゃわかんない。

 

王監督が厳しさを求めるのは選手一人ひとりに成功してもらいたいからこそです。

王監督  said

  • 若い人たちは個人のことを考えればいいんですよ。 とにかく、チームのためにどうの、とか、変にプレッシャー感じなくていいんです。 自分のことだけ考えてくれればいい。あとはこっちがまとめていくからね。
  • ただ、鉄は熱いうちに打てじゃないけど、今が一番面白い時期だと思うんだよね、本人が。 ちょっとわかりかけたって言うか、ちょっと自分の力がチームに影響与えられる、コーチからも技術的なことでストレートに言われるようになったとか、今がいちばん伸び盛りの時だと思うんですよね、今、もう思い切ってやってほしいね。

 

 

第1回ワールドベースボールクラシック

おととし(2006年)のWBC、ワールドベースボールクラシック。日本は世界の頂点に立ちました。
原動力となったのは王監督のプロ魂でした。

「終わり」まであきらめるな

苦しい戦いの中、王監督がチーム求め続けた姿勢です。

2次リーグでアメリカと韓国に敗れた日本。準決勝進出は絶望視されました。 士気は落ち、あきらめのムードさえ漂う最悪のチーム状態。 ピッチングコーチだった鹿取義隆(かとりよしたか)さんは、王監督がチームをどのように率いたのか証言してくれました。

鹿取義隆さん  said

  • もう終わり、というまではあきらめてはいけないということを言ってましたね。 相当厳しい戦いだったんですけど、そのチャンスがなくなるまでがんばろうと言ってました。 ずっとそうやって監督自身が野球をやってらしたんだと思うんですよ。 その辺をわれわれに伝えてくれたんだな、って思います。

 

イチロー選手  said

  • 世界の王監督が、世界の王選手が、本当に世界に出てユニフォームを着て日本代表として指揮をとられたんですから、僕らが早々と負けるわけにはいかない…。

 

王監督の戦う姿勢にまず感じたのはイチロー。チームは勇気を取り戻しました。 そしてアメリカの敗戦で奇跡的に準決勝進出。

鹿取義隆さん  said

  • その時、監督は「よし、やろうぜ!」の一言で終わったんですよ。 一言で終わり。それで僕は改めてローテーションの確認をするため、監督に話に行きました。 次は上原が投げます、決勝戦は松坂が投げます、という話でした。 「そうだったな、がんばろう、頼むな!」そういうことでした。

 

勢いが戻ってきました。スタープレーヤーたちががむしゃらに戦いました。

鹿取義隆さん  said

  • あの言葉を聞いたらみんなやるしかないでしょうね。 チームが一つにまとまるというか、みんな監督に引き込まれたという感じですね。

 

イチロー選手  said

  • 言葉だけではない存在感。圧倒的でしたね。監督と選手として関係したあの時期は僕にとって大きな宝物になりました。

 

王監督  said

  • やっぱり、その、誰でも人間は悔いたくないじゃないですか。 後悔したくないじゃないですか。 後悔しないためには、どれだけ準備できたか、どれだけ貪欲になれたか、そして自分をどれだけ高められるかということにチャレンジしたかということですよね。

 

今年前半、ソフトバンクは好調を維持していました。 交流戦で初優勝。オールスターゲームまで、首位西武を射程距離に置く3位につけていました。

その陰で王監督は思うようにならない体調と戦っていました。開幕当初から点滴を受けながら指揮をとっていました。 王監督はおととし胃ガンの手術を受け、シーズン終了まで戦列を離れました。復帰したあとも体調の不良に悩まされてきました。

 

2008年、夏

8月。オールスターゲームによるシーズン中断は休息をとれる束の間のチャンスです。 しかし、王監督は選手のそばに立ち続けていました。若手に少しでも自分の言葉を伝えたいとの思いからです。 猛暑が続いた今年の夏、体重は5キロ減りました。腕に残る黒いくすみは点滴の痕。 万全ではない体調をかかえ、若手に指導を続けました。

王監督  said

  • 自分の目標をしっかり持って練習し、明日あさっての試合にのぞむように。 目標がないと、この暑さの中で練習するのはしんどくてしょうがない。だけど目標を持てばしんどさも軽減される。

 

照り続ける日差しの中、次第に失われていく体力。 支えたのは気力でした。どんな時でも自らを奮い立たせたい。選手のころから心に刻んできました。

王監督  said

  • 全て気力が充実してるかどうかっていうことにかかってくるんです。 いかに良い技術を持ってる人でも気力が充実していなかったら絶対良い結果は出せないと思うんですよ。 ダメなものを認めちゃうとか、そういう流れを認めちゃうということは、自分は絶対にできなかったですから。 そのことが僕の向上心だったり、原動力だったりしたんじゃないですかね。

 

しかし8月14日。遠征先の千葉で王監督の体に異変が起きます。 昼ごろホテルで昼食をとったあと、腹部を激しい痛みが襲います。 自分の部屋で我慢しようと思いましたが痛みは2時間以上続きました。

王監督  said

  • 要するに食べたものがあるところにとどまっちゃうんですね。 そうすると腸閉塞みたいな感じになって、痛くてひとつの格好をしていられないんですよ。 立って運動したり、ベッドに横たわったり、じっとしていられないんですよね。 だからこのままではグランドには立てないということですよね。 ただただじっとしていられる痛みならまだいいんですけど、じっとしていられない痛みでしたからね。

 

王監督欠場。
がんの手術から復帰して以来、初めての欠場でした。 王監督はいつグラウンドに戻れるのか。緊張が走りました。 翌日、8月15日、周囲の心配をよそに王監督は球場に現れました。

王監督はいつもベンチの最前列に立ち、指揮をとります。この日はしゃがみこんでしまう姿が見られました。

王監督は自分の体調不安がチームの足を引っ張るのではと思い始めました。

9月7日千葉ロッテとの試合。
クライマックスシリーズ出場の資格を得る3位に踏みとどまれるかがかかっていました。 4点リードの9回。セーブのつかない場面で敢えて守護神馬原(まはら)を投入。 采配は裏目に出ました。同点満塁ホームラン。この試合を落とし、4位に転落しました。 自分が責任をとるべきか。しかし、チームを投げだせないという思いもありました。

王監督  said

  • まず今の状態で次の人に渡すというのは自分としては責任を感じるわけですよ。 若い人たちがもう少しよくなってきて、チームが上げ潮ムードというか上向きになったときに渡すというのが自分の一番の希望だったんですよ。 しかし、今年は最悪の状態でバトンタッチするということで。 だから自分の責任としてもう少しやって、もう少し流れをよくしてから、という思いはありました。

 

しかし一度崩れたリズムが再び戻ることはありませんでした。ベテラン選手もチームの危機を救えませんでした。

 

決断

9月下旬。決断のときが訪れました。
王監督は不本意の成績の責任を一人で背負う覚悟で辞任を表明したのです。

王監督  said

  • ますますチームの勢いをつけなきゃいけない時期に、 いつも8月9月は勝負なんだってキャンプから言い続けてきたのに、自分のことが原因でチームのはずみがつかない、 むしろだんだんムードが下がってきたというのは感じていましたから、 戦う集団が戦うということだけに神経を集中できなくなったら、出る力は出せないし、やっぱり敗北しますよね。 そういうことがはっきり形に表れちゃったんです。
  • 今まではまだ水面下っていうか、下にあったものが、上に出ちゃったらこれはもう相手にわかっちゃうし、 ファンの皆様にも全国的にわかっちゃうわけですからね。
  • そうなると、グラウンドにいても、みんなに「王さんは出ているけどどうなんだろうか」とか「今日は大丈夫なんだろうか」とか、 本来だったら考えてもらう必要もないことを、選手をはじめファンの人、コーチも含めて考えてもらうようになってくると、 指揮官としてはまず失格なんですよ、そういう風になった段階でね。

 

 

最終戦

福岡ヤフードーム。辞任会見翌日の9月24日。地元福岡での最終戦です。 王監督はいつもどおり勝利を目指して戦いました。 選手たちは必死にプレーしました。 松田もヒットを打ちますが得点につながりません。 最後のバッターは王監督が期待をかけた高谷(たかや)でした。三振。 地元ファンの前で勝利をかざることはできませんでした。

スタンドを埋める35000人が見守る中、セレモニーが始まりました。

王監督はファンの期待を裏切ったことを自らの言葉で詫びなければいけないと思っていました。

王監督  said

  • 95年以来、14年間、ユニフォームを着せていただきました。大変幸せでした。 残念ながら体調が十分でなく、チームの士気にも影響が出てしまいまして、本来の戦いができなかったこと、本当に二重に苦しい思いをしてまいりました。
  • 何とか今年こそは取り返すんだという思いを持って、キャンプから鍛えてまいりました。 決してソフトバンクホークスらしい戦いができませんでした。これはすべて監督の責任でございます。 強く、強く責任を感じております。
  • 来年以降の申請ホークス、若い力が大きく花開く、素晴らしい年になると思います。 新しいスタートを切るホークスを今まで以上に力強く応援していただきますよう、お願いをいたしまして、私のご挨拶とさせていただきます。 本当に長い間、ありがとうございました。

 

チームリーダーの小久保。
若いころ王監督から教わった勝つことがすべてということばを胸に、選手たちの戦闘にたってたたかってきました。

柴原洋。
チームを引っ張れと言われ、中心選手としての自覚を強くしました。

エースの斎藤和巳。
逃げるなという言葉をもらい、勝てない時期も起用し続けたくれたことを感謝しています。

若きリーダー川崎(宗則)。
ユニフォームを脱いでからも野球選手だと言われ、常にファンを大切にするプロ野球選手に成長しました。

王監督のもとで三冠王になった松中(信彦)。
スランプのときこそ新しい打撃をつくれということばで自分を支えてきました。

王監督はファンのもとに帰りました。

王さーん、ありがとう!お疲れ様でした!ファンの声、声、声…。

誰よりも自分に厳しい姿勢を貫き、身をもってプロとしての責任を示し続けた王監督。 ファンの声援はいつまでも続きました。

王監督  said

  • あれもしたい、これもしたい、というのはあるけれど、 現実になったらどうなるかわからんけど、今のところは勝負の世界から、 常に一球でがらっとかわるという状況から解放されるという、ほっとする気持ちはあります。
  • でも多分、どれくらいもつのか、逆にその先、すごく物足らないというか、 ほんとに懐かしいというか、もっとやりたかったなという気持ちが出てくるとは思います。
  • できれば最後の最後まで、杖をついてでも現場に立っていたかったですから。 やはり野球ほど自分をときめかせてくれるものはないでしょう。

 

 

気力

この日訪れたのは親友たちとの食事会でした。 高校時代の知り合いなど、20年以上のつきあいがある仲間ばかりです。 乾杯。 久しぶりのリラックスした時間です。

戦いを終えた王さんですが、この日も色紙には「気力」としたためました。

王さん  said

  • 50年終わりました。自分の戦いは終わったんですよ。 白星、黒星というような戦いは終わった。
  • でも違う形での、戦いとは言えないけど、違う形での何かに前向きに取り組んでいくというのは、 死ぬまでやっていかなければならんだろうと思っています。

 

 

新たな決意

11月12日。王さんはもう動き始めています。WBCの相談役に就任。原監督率いるチームを支えていくことになりました。

王さん  said

  • 勝負はどうなるかわかりません。ですから今年も前の経験を生かして、原監督の少しでもお役に立てればと思っています。

 

野球のために尽くしたい。

王監督の決意です。

昭和34年のプロ入りから50年。
輝かしい実績だけではなく、野球に向き合う真摯な姿勢がファンを魅了してきました。 数々の栄光を手にした50年のプロ野球人生。ひたむきに野球を愛しつづけた日々でした。

王貞治、68歳。 誰よりも厳しいプロ魂。情熱の火は燃え続けます。

 


2008.9.24、ヤフードーム最終戦、王監督の挨拶

 

Posted 08 Dec. 2008
Go Report Index

 

Feel human being この人の生き様 on Web Magazine Waratte ! No Smile No Life

2007.12.21
ウツの時代、五木寛之さんの話から
2007.12.22
走った距離は裏切らない、女子マラソン野口みずきの挑戦
2008.01.07
あの人からのメッセージ2007、気骨の人たち、城山三郎
2008.01.12
パブロ・ピカソ作「ゲルニカ」20世紀の黙示録
2008.02.11
人権活動の最前線から 女性と子どものいまと未来
2008.05.03
「私はダメじゃない」を貫いて、漫画家 一条ゆかりの創作の原点
2008.05.05
『 カリアティッド 』 アメデオ・モディリアーニ、薔薇色に燃えて散った男の一枚
2008.05.15
ドストエフスキー 「白痴」  入り口も出口もない物語
2008.05.23
オリンピックとわたし 有森裕子
2008.06.13
魂の大地 ドストエフスキー「カラマーゾフの兄弟」
2008.06.14
孤高の人、フィンセント・ファン・ゴッホ作、『古靴』
2008.07.13
「山 富士山」片岡球子
2008.08.13
日本人の心を守れ-岡倉天心、廃仏毀釈からの復興
2008.09.17
わたしの ” じいちゃんさま ”-写真家、梅佳代
2008.10.29
神々のうた、大地にふたたび アイヌ少女・知里幸恵の闘い
2008.11.12
他人まかせの巻-横尾忠則 「少年」の心得-
2008.11.13
ニッポンを主張せよ アーティスト 村上隆
2008.11.15
I Have a Dream キング牧師のアメリカ市民革命
2008.11.29
漫画家  西原理恵子「トップランナー」での発言集
2008.12.08
プロ魂 王監督のメッセージ
2008.11.29
漫画家  西原理恵子「トップランナー」での発言集
2008.12.08
プロ魂 王監督のメッセージ
2008.12.20
一人、そしてまた一人  マザー・テレサ 平和に捧げた生涯