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「希望」を科学する


編集:2009.09.14
掲載:2009.09.16



この国には何でもある
本当にいろいろなものがあります
だが、希望だけがない
(村上 龍「希望の国のエクソダス」)

最悪の失業率、高止まりする自殺率、格差は広がり先の見えない不安が社会を覆い続けています。 そんな中注目を集めているのが、「希望」という言葉。 「希望」をタイトルにした本は急増し、時代は「希望」に飢えているかのようにみえます。

どうしたら「希望」を取り戻すことができるか。 「希望」を科学するという新たな学問が誕生しました。 その名も「希望学」。 様々な分野の研究者40人以上が集まり研究を続けています。 中心メンバーの東京大学教授 玄田有史さんです。 ニートなど働く意味を見出せない若者の研究を通じて、「希望」そのものに関心を持つようになりました。

「社会がこれほどまでに希望について期待をし思いを持っているとすれば学問として考えないわけにはいかない」

大規模な調査も始まっています。 注目したのは、鉄の町 釜石です。 製鉄業の縮小という危機を乗り越えてきたその歩みの中には、「希望」再生の思わぬヒントがありました。 「希望」が失われたといわれる時代に始まった新たな学問的試み。 「希望」について徹底的に考えます。

「希望」を科学する

かつて希望は社会の前提でした。 しかし、新しい世紀が始まって間もなく10年になろうとしているが、希望という言葉の力が次第に失われてきているように感じる。 過去最悪となった5.7パーセントという今年(2009年)7月の失業率。 この半年自殺した人の数は1万7千人を超えこちらも過去最悪。 加えて少子高齢化への対応の遅れや、相対的に低下している日本経済の力。 こうした中で社会の状況が一人ひとりの希望にどのような影響を及ぼしているのかなど、社会と希望との関わり絵を解き明かそうと2005年に始まったのが希望学という学問だ。 大規模な調査やデータの分析、そして様々な人々との対話をこの4年間研究チームは続けてきた。 そうした調査からは3人に1人(36.2%)が、「希望が持てない」、或いは、「希望があっても実現できない」と感じているという結果も出ている。(出典:東京大学社会科学研究所 希望プロジェクト) この希望学を立ち上げたのが、東京大学教授の玄田有史さんだ。 出発点となったのは、ニートやフリーターなど、将来に希望が持てない若者たちとの出会いだった。 当時こうした若者たちは、働く気がない、努力が足りないなど、社会からの批判にさらされていたのだけれど、玄田さんは、むしろ社会のあり方こそが若者たちから希望を奪っているのではないか、と感じるようになったと言う。 希望学の4年間の取り組みを通して、何が見えてきたのか。 玄田さんへのインタビュー。

若者が「希望」を持てない社会

司会

  • 2005年から希望学をやられてきて、
    若者たちが希望をもてなくなる社会の怖さというのをどういう言葉で表現されますか。

玄田さん

  • そうですね。本来希望というのは若者のものなんです。
    将来に対するいろんな時間という、人間にとっても一番大事な財産を持っているのは若者たちで。
    失敗も含めて、その中で希望をまい進していく。それが本当は若者の権利のはずなんです。
    そういう若者が希望を持つことを諦めているということを、 甘えだとか、力がないんだとか、そういうかたちで決め付けるんではなくて。
    一人ひとり大人は、自分自身の問題として深刻に捕らえていかなければいけない。
    そして、若者が希望を持つためのいろんなきっかけを持ってるのは、いろんな経験をしてきた大人なんだ。
    それを希望学の4年間いろいろな調査とかアンケートも含めて教えてもらった気がします。

希望学は4年前、東京大学の研究者たちが中心となり立ち上げました。 経済学、歴史学、哲学、法学など、様々な分野の研究者40人以上が参加し、希望について議論を続けています。 立ち上げメンバーの一人、玄田有史さんの専門は労働経済学です。 働くことにも、学ぶことにも踏み出せないニートと呼ばれる若者たちの問題をいち早く取り上げるなど、若者と社会との関係を考え続けてきました。

玄田さんが希望の問題に関心を持ったきっかけは、バブル崩壊後の働く環境の大きな変化でした。 成果主義の徹底、非正規雇用の急増。 その一方で、若者たちの希望が損なわれていったのではとみています。

浮かび上がった「希望」の格差

人はどのように希望を持ち失うのか。 希望学では、全国2千人を対象にアンケートを行い、希望をめぐる状況を徹底的に調査しました。 見えてきたのは、希望の格差でした。

例えば、希望と収入の関係。 年収を1千万円を超える世帯の人は、希望があるという割合が高いのに対し、年収3百万円未満の世帯の人は、希望そのものに否定的でした。

学歴も希望に影響を与えています。 最終学歴が中学・高校の人よりも、4年制大学・大学院の人の方が希望があると答えた人の割合が高かったのです。

人とのつながりも希望と密接に関係していました。 自分のことを孤独だと思ってる人は、そうでない人に比べ希望を持ちにくい傾向がありました。

豊かであっても、「希望」がもてない

しかし、調査を進めるうちに希望を損なうのは格差だけではないこともわかってきました。 2009年7月、福井市で行われた希望について考えるフォーラムです。 主催したのは福井県と希望学の研究者たちです。 およそ200人の県民が詰め掛けました。

フォーラムが開かれたきっかけは、或る全国調査の結果でした。 福井県は、平均貯蓄率全国1位、持ち家比率全国3位で、全国トップレベルの豊かさを誇ります。 しかし、将来に夢や目標などの希望があるかについては全国44位で、かなり低い順位だったのです。 豊かであっても希望が持てない。 その謎の中に希望の問題を読み解く鍵があると希望学では考えています。

司会

  • 希望というのもは心の持ちようではないか。
    その人の心の問題であって、それをあえて社会科学的に研究するものじゃないという迷いもありましたか。

玄田さん

  • ただ希望の問題は心の内面の問題だけれど、やっぱり社会のあり方と密接に関わっている。

司会

  • 福井での調査では、豊かでいろんなことに満たされていても希望が持てない。
    豊かさであっても持てないというのはどのように理解したらいいんでしょうか。

玄田さん

  • 豊かである人はある種幸福で今の状態が続いて欲しいと思うと思います。
    一方で、希望って何かというと、今よりももっといい未来を創りたいとか、掘って置けばどんどん悪くなるものをなんとか食い止めたいとか。
    幸福が継続を求めるものとするならは、希望というのは変革を求める。
    変わっていくときに、変革していくときの原動力として希望が必要になってきて。
    幸福もとっても大事だし、希望も両方大事で、この両輪がなければ、本当の意味での豊かさというのは個人であれ社会であれ持てないんじゃないか。
    女性がとっても活躍することで有名な或る会社があって、そこで話聞いたのですが、期待する女性社員がどんどん辞めてしまうということで。
    お辞めになった理由は2つしかなかった。
    1つは、やってもやっても仕事が終わらない。そのうちに先がまったく見えないという感覚で「もー続けられない」というので辞める。
    もう1つは何かというと、やってるうちに或る日ふと「もう先見えちゃった」という気持ちになって「もー続けられない」と思った。
    希望っていうのは、先がまったく見えないときでも希望は持てないし、見えてしまったときにも希望は持てない。
    希望って、もしかしたらある種曖昧な両義的なものっていうか、そういう要素を持っているんじゃないか。

司会

  • ちょうど希望学を始められたのは2005年で勝ち組負け組みというような言葉が流行った頃だと思いますが、 例えば、非常に効率を求める、早く正解に辿り着かないといけない、そういう分かり易さを追求する空気というものが問題ですか。

玄田さん

  • 希望学を2005年からやる中で、あるときふと気づいたことがあって、実は希望には物語というのが必要なんじゃないか。
    つまり、物語って何かというと、どんな人生でもうまくいってばかりの人ってほとんどいないですよね。
    けどそういう挫折を経験したり、時には無駄なことを経験する紆余曲折の中で、「自分には何ができるんだろう」と考えたり。
    それで邁進していく。それが物語りだと思うんです。
    そういう物語を今みんなが持ち得てるだろうか。
    やっぱり効率が重視となると失敗や挫折は許されないものになってくる。
    自分の価値観自身を育んでいったり、希望を紡いでいくような物語を一人ひとりが本来持たないといけない時代なのに、それが今持ちにくくなっているんじゃないか。

「希望」再生のヒント

どうすれば希望は取り戻せるのか。 希望学の研究者たちが注目している町があります。 かつての鉄の町、岩手県釜石市です。 長きに渡り、製鉄業は人々の暮らしを支えてきました。 しかし、20年前最後の高炉が止められ(1989年3月 新日鉄釜石製鉄所 最後の高炉休止)、 基幹産業の縮小という危機を経験、その後も人口は減り続け、町の規模は収縮し続けていきます。 希望学では、この釜石を日本の未来像と位置づけ4年に及ぶ調査を続けてきました。

希望のヒントは、危機のさなか雇用の確保に奔走した釜石市の試行錯誤にありました。 釜石で長年企業誘致を担当してきた佐々隆裕さんです。(釜石市企業立地推進本部) 誘致は苦難の歴史でした。 一度は成功してもその後撤退する企業が相次いだのです。 どうすれば企業は残ってくれるのか。 佐々さんは、釜石に残った企業を訪ね、留まった理由を尋ねました。 経営者たちが評価したのは、高い技術を持つ人材や、大規模で利便性の高い港など、製鉄業を通じて培われたものでした。

佐々さん

  • こんなに他の地域と違うものがあるじゃないか。
    工業の町として生きてきた強み、非常に多きですよ。

地域の強みを生かした企業誘致はその後次々と成功していきます。 希望学では、こうした地域の強みを見つめ直す作業を「ローカルアイデンティティーの再構築」と呼び、希望の再生に大きな役割を果たすとしています。

今回の釜石市調査で、2400人に行った大規模なアンケートからは、思わぬことがわかりました。 若い世代ほど釜石に戻ってくるUターン組の割合が増え、地域の希望再生に大きな役割を果たしていたのです。 このUターン組の躍進にも或る希望のヒントが隠されていました。

Uターン組の一人、水産加工会社を経営する小野昭男さんです。 冷凍食品を製造販売。年商は12億円に上ります。 小野さんは九州の大学で学び、その後は大阪の大手スーパーで勤務しました。 その3年後、父親が急死。 小野さんは釜石に戻り、従業員数人の小さな会社を継ぎました。 その後、会社の成長を支えたのは、かつて釜石の外で培った人との繋がりでした。 その一人は大学の後輩でした。 食品メーカーに勤めていた後輩は、小野さんの商品の価値を見抜き、駅弁の具材など新たな販路を紹介してくれたのです。

希望学では、こうした希望をもたらしてくれる繋がりを、ウィークタイズ(weak ties)と呼んでいます。

ウィークタイズとは、ごくまれにしか顔を合わせない緩やかな繋がりの人のこと。 自分とは違う価値観が新たな発想のヒントをもたらしてくれるといいます。

釜石市橋野。
この山深い過疎の地域に希望学が注目する一人の男性がいます。 八幡登志男さん(78)。その半生を地域の希望再生のために捧げてきました。 八幡さんが若い頃、この地区には1000人以上が暮らしていました。 しかし、林業の衰退と共に人口は減り続けていきました。 そんな中、八幡さんは53歳で一念発起。中古の遊具を買い揃えこの地区に遊園地をオープンしました。

八幡さん

  • 何かをやらなちゃ駄目だ。
    誰かがやらなきゃならないという。
    その誰かになろうとしたわけだ。

しかし、3年もすると客に飽きられ多額の借金を残して閉園。 それでも八幡さんは、希望を諦めず、12年かけ借金を返済し、70歳で再び新たな挑戦に乗り出します。 7000万円の借金をし、山の湧き水を販売する会社を興したのです。 売上は順調に伸び、今では従業員7人を抱えています。 働く場所ができ、再びこの地で家族と暮らし始めた人もいます。

八幡さん

  • だって、生まれたところはここしかないんだもん。
    誰かが、がんばってくれたんだなと思ってもらえればそれでいいの。

衰退する地域社会の中で、どうやって希望を見つけるのか。釜石の人々の懸命な生き方には多くのヒントがありました。

司会

  • 収縮する社会の中でそのように希望を持てるのか。
    或いは、自分自身も社会も希望を持てるようになれるのか。
    本当に大きな課題ですね。

玄田さん

  • 多分20年後には釜石のようなことを多かれ少なかれ殆ど全ての地域が都会も含めて経験すんだと思います。
    収縮というとだんだん衰退、先尻すぼみというイメージがあるんだけど。
    例えば、イギリスのかつて炭鉱町だったところは、コンパクトシティーという考え方するようで。
    コンパクトに皆が寄り添いながらいろんな問題を考えたり時に解決していくという地域のあり方をもう一度模索をしていく。
    もっとコンパクトに発想や行動の仕方とか生活の仕方を変えていくという考え方になっていく。

司会

  • 自分たちの抱えていく地域の閉塞感からなかなか抜け出れない気分がある中で、 外からUターンしてきた人たちと話すことによって、 問題が客観視できるようになるとうことがあるのでしょうか。

玄田さん

  • そう思います。 Uターンの人がだんだん増えている傾向があって。
    理由はいろいろあって、都会で自分のやりたい仕事にめぐり合えないということがあったりとか、ご家族の介護とか、いろいろなんですけど。
    Uターンする人が地元に戻って風を起こす。
    風を起こすことがとても大事じゃないか。
    特に、ウィークタイズという緩やかな繋がりは、 いろんな価値観とか情報が違う人が、耳を澄ましたり話しをするうちに、 お互いが「こういうことが出来るのか」という可能性を生み出す原点だから、 まず緩やかに繋がるために一歩前に出てみる、 迷ったら参加してみる、そんなことが大事です。

司会

  • 釜石の調査で、大事なものとは何だと感じましたか。

玄田さん

  • 八幡さんから沢山いろんな勇気をもらった気がするんですけど。
    八幡さんは人生でいろんな厳しい経験をすっとしてきたし、今ももしかしたらしてるかもしれない。
    「どうしたら、苦しい経験とかが乗り越えることが出来るのですか」と聞いた時に、
    「3人分かってくれる人がいたら大丈夫だから」と言ったんです。
    すごく元気をもらう気がして。
  • 釜石で学んだことの一つは、希望には棚から牡丹餅はない。
    一足飛びに日本の希望とか、国民の希望はとか、あまり考えない方がいいと思います。
    自分一人ひとりが行動して見つけていく。
    それが伝わっていくことによって初めて社会の希望になっていって。
    何か、こうすれば希望がありますよとか、社会全体の既成の希望を求める時代ではないんじゃないか。
    自分一人ひとりがそれを持とうとする、それを模索していくということが結果的に社会の希望になっていくことが大事だと感じます。
  • 希望を社会の問題として考えていく時に一つの大事な発見は、 社会にはいろんな挫折とか失敗を経験してそれを乗り越えてきた人は本当の意味での希望を持っているんだと。
    挫折や失望を乗り越えた先に「希望」がある。
    今もしかしたら日本社会は大きな挫折を経験してるのかもしれない。
    けれども、そこからいろんなことを学んでいくうちに、 本当に自分のやるべき、自分たちの行動すべき希望っていうのが見つかるかもしれない。
    そうすりと、挫折の先にある新しい希望っていうことを今議論して模索していく。
    そんな時代なんじゃないかなと感じています。

 

Posted 16 Sep. 2009
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